せとうち志々島移住日記

東京生まれ・東京育ちの元プログラマー。父母ヶ浜で有名な香川県三豊市に属する離島・志々島(ししじま)に移住した新米島人です。 その日常を綴って行きます。

第144話.そして神戸~前編~

日本の造船業は海外に押され、斜陽傾向にあるのは間違いないでしょう。

僕もまだタンカーに乗る仕事は続けていますが、回数は少なくなりました。

また、大型のLNG船(天然ガス)は失くなり、基本的には小型のLPG船(プロパンガス)のみです。
小型と言っても、全長100mやそこらは有りますが(笑)

その辺の詳しい話は、過去の日記をご覧下さいm(_ _)m
https://goumonkobura.hatenablog.com/entry/2018/07/05/172346

で、7月に続き今月も、その仕事に行って来ました。
正確には、今日終わって帰って来た所です(  ̄▽ ̄)

なお、撮影禁止の現場なので、写真が無い点はご了承下さい。

今回、船主側として乗船したのは、4名の日本人と18名の…インド人です(*_*)

僕が担当するのも船主側で、インド人との接触は避けられませんでした。
てか、むしろメチャクチャ接触します(苦笑)

そして、最後に船を明け渡す場所は神戸港です。

そこから新幹線に乗って島に帰りますが、大阪・神戸付近をうろつくのも得策とは言えない昨今。

ワクチンは接種したのでそこまで過敏になってはいないものの、いずれもわざわざ火の中に飛び込んで行く様なものです。

決して利口ではない行為だと分かっていますが、仕事となれば仕方が無いと諦めました(^^;

でも、インド人達は皆フレンドリーで礼儀正しく、敬遠したいという気持ちにはなれませんでしたね。

ちなみに彼らとの会話は、ヒンディー語の挨拶などを多少予習しておいたものの、向こうが普通に英語を使って来るので、中学英語で対応しました。

実際、ヒンディー語はうろ覚えで、単語がスッと出て来ないので助かりました(苦笑)

肝心の食事について言いますと、ご存知の通り宗教上の理由で、牛を食べられる人はほぼ居ません。
また、ベジタリアンも3人だけ居ました。

加えて、前述の通り日本人の方も居るので、それぞれのニーズに合わせた料理を提供しなければなりません。

要は、全員一律の物で済ます事が出来ないのが難点です。

でもまあ、インド人にはカレーかカレー味の物を出しておけば文句を言われないので、調理師さんは考える手間が省けたんじゃないかと思います(笑)

余談ですが、コロナ前はビュッフェ等のセルフサービスで提供する物も有りました。

が、コロナ後は全て僕ら調理スタッフが予め盛り付けた物を出す形に変わったりと、色々手間が増えています。

そんなこんなで、8泊9日のテスト航海が中盤に差し掛かろうとしたその時。

コロナウイルスの濃厚接触者が2人、乗船しているとの知らせが入りました!!(゜ロ゜ノ)ノ

 

つづく