せとうち志々島移住日記

東京生まれ・東京育ちの元プログラマー。父母ヶ浜で有名な香川県三豊市に属する離島・志々島(ししじま)に移住した新米島人です。 その日常を綴って行きます。

第173話.除虫菊の咲く丘で~後編~

市の職員さん曰く、因島からのゲストは電車かバスかで、詫間町に向かっていました。

そこで笠田高校のご一行と合流し、志々島に向かう予定だった様ですが、間違って「坂出」という瀬戸大橋のたもとに在る町で下車してしまったとか(*_*)

地方の公共交通機関となると、1時間に1~2本しかないのは当たり前。
1本逃せば命取りになります。

旅に失敗は付き物。
一度だけアメリカに行った事が有りますが、飛行機に乗り遅れそうになり、真夜中のラスベガスを全力疾走した僕が、人の失敗を咎められるはずもありません(笑)

とは言え、拍子抜けしたのは事実。
この日・この時間に間に合わそうと頑張ったのは一体何だったんだ?と、脱力感に襲われました。

でも次の瞬間には、「ブログのネタになるから…まあいっか!」と気持ちを切り換えて、仕切り直しの日を待つ事にしました。

すると、意外にも早く翌週に行われる事が決まりました。
準備は出来ているので、いつでもどうぞという感じです。

ただ流石に、因島の方の志々島訪問は消滅しました(^^;

さて、迎えた当日。
引率の先生とその知り合いの方とで3名。
生徒さんが7名、市の職員さんが2名。
総勢12名がやって来られました。f:id:goumonkobura:20220616170244j:imagef:id:goumonkobura:20220616170319j:image
7本の畝を作り、100本の苗を植えて貰う計画です。
今度は、午前中いっぱい作業に当てられるとの事。

雑草の根に邪魔されて多少苦戦したとしても、若者の体力なら畝1本作るのに30~40分有れば充分だろうと、高を括っていました。

が、今回の生徒さんらは屋外活動をする機会が少ないとか。
更に、女生徒が7人中4人を占めていました。

笠田高校と言うと農業科のイメージが強く、皆さんバリバリ畑の実習をされていると思っていましたが、全員が全員そうではない様です( ´~`)

でもまあ、教えながらやればどうにかなると思っていました。

しかし、その期待は裏切られました。
やる気を見せてくれたのは、せいぜい2人くらい。

真面目にやる事を恥とし、頑張らないのを美徳とするのが中高生。
それは今も昔も変わらないんだなぁと痛感しました。
あ、僕は真面目な方でしたよ(笑)

それはともかく、以前ミシマサイコの収穫を手伝ってくれた生徒諸君は、ヤンチャだけれど頑張ってくれた印象だっただけに残念です( ´~`)

あまり正面から向き合ったら暴力に訴えてしまうかも?と思い、僕は一定の距離を置こうと、既存の畑の草抜きをして関わらない様にしました(苦笑)

でも、終わってくれないと僕も帰れないので、結局は畝立てに手を貸しました。

こうして、ほぼほぼオトナ達の手により、100株分の畑が完成。
納得の行く出来栄えではありませんでしたが、もう手直しはしません(笑)

人数は居るので、苗の植え付けはあっと言う間でした。
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それにしても、もし因島の方にこんなダラけた姿を見せていたら、申し訳無い気持ちになったと思います。

そう考えると、志々島に辿り着けなかったのは不幸中の幸いと言うか、神の御業だったのかもしれません(笑)

今度の苗は既に1年半が経過した物らしく、秋には花を咲かせるそうです。

…って、ホントに咲かせられるかは、結局僕に掛かっている訳ですが(^^;

今回、どうにかオブラートに包んで話が出来ないものか、試行錯誤したつもりです。

でも、オブラートが耐え切れずに破けてしまいました。ゴメンなさいm(_ _)m

第172話.除虫菊の咲く丘で~前編~

熱心な読者の方は、「あれ、前にも見たタイトルだぞ?」と思われるかもしれません。

165話にて、楠の倉展望台に除虫菊の苗を植えた事を取り上げました。
その中で、花が咲くのは2年後になると述べました。

がしかし、そこに大きな誤解が有りました。

何かと言うと、受け取った時点で既に1年以上が経過した苗だったという事が、後になって判明しました(^^;

その証拠に、3月の終わりにはつぼみが付き、4月の終わりには花が咲きました。
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f:id:goumonkobura:20220606095734j:image一年物の苗にしては小さく見えたし、そうとは教えて貰えなかったので、完全に勘違いしていました(苦笑)

でもまあ、無事に花が咲いて何より。
なので今回のタイトルは、前のタイトルから(仮)を外した物にした訳です。

ただ、いざ花が咲いてみると、40株では若干の物足りなさも感じました。

センパイ島民からも、「どうせやるなら、もっと植えんかい」なんて言われたりもしました(苦笑)

そんな時、急な話が舞い込んで来ました。

元々、除虫菊の種は広島県因島で貰い、三豊市の笠田高校で苗を育てたという経緯が有りましたが、笠田の生徒さんが先日、因島を訪れたそうです。

で、そのご返盃とばかりに、今度は因島の方が苗を100本持ってやって来るから、展望台にまた植えさせて貰えないか?という内容でした。

僕が頼まれたのは、耕運機を貸して欲しいという事だけ。

がしかし、作業出来るのは午前中のみで、実質2時間も無いスケジュールでした。

楠の倉展望台も昔は畑でしたが、近年は耕作放棄地に。

半年に一度は大規模な草刈りをしているので大事には至らないものの、畑作り向けのそれとは全くの別物です。

頑固な雑草がはびこっている事を島外の人達は知らないので仕方無いですが、パッとやって来て定植出来る程、甘い場所ではありません。

僕自身、色々な事に追われていて正直余裕は無かったですが、成立させなければ香川の恥と、当日に向けてお膳立てする事に決めました。

…って、よそ者の僕が何で香川を背負う気で居るのか、よく分かりませんが(笑)

そうとなったら、手も出す・口も出す。

地形に合わせた畑のレイアウトを考えたり、高校の先生に当日の持ち物をリクエストしたりと…我ながら厄介な性格です。
f:id:goumonkobura:20220606095831j:imageさて、事前に念入りな草刈りをして、迎えた当日。

皆が到着する1時間半前から現場入りして、耕運機を掛けました。
幸い、前日の夜に雨が降ってくれたお陰で、僕の家庭菜園用のカワイイ耕運機の刃も土に入りました。
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見事、皆の到着予定時刻ピッタリに作業を終えて待っていると…。

顔見知りの市の職員さんが、一人でフラリとやって来ました。

それに続いて生徒さんらが姿を現すかと思いきや…そこで打ち止め。

僕の頭の中は、はてなマークで埋め尽くされました(?_?)

つづく

第171話.ミシマサイコ~21年度総括~

だいぶ時間が掛かりましたが、昨年度のサイコの売上が入金されました。

売上は、予測を少し下回る位でした。
畑が50点の出来だったので、それは仕方無いです。

ただ、売上から経費を引いた利益はと言うと…とても言えない金額になりました(苦笑)

実際の所、一昨年度は大失敗してほぼ支出のみだったので、それも精算してなお残る金額となれば、有って無い様なものです。

昨年度、サイコに費やした時間をカウントしてみたら、大体90日分の働きになりました。

なので、利益を3等分すれば1ヶ月の労働への対価を割り出せますが、ホントにお小遣いレベルです。

一次産業としてはそれが普通なのかもしれません。
でもそれでは、幾ら生産を拡大した所で生計を立てるのは難しいでしょう。

もっとも、以前のブログで書いた通り、5アール(500㎡)の畑ですら収穫・乾燥作業を一人でこなすのは困難でした。
更なる拡大という選択は、現実的ではありません。

…とか何とか言いながら、今年度は海沿いの平らな土地・2アール加えて、合計7アールでサイコの栽培を進めています(  ̄▽ ̄)

理由としては、昨年度の収穫量や売上が分かるよりも前に、次年度の作付面積を申請して種を貰う必要が有ったからです。

本当は土壇場で変更する事も出来たと思いますが、「卒業製作」の意味合いも含んでいます。

要は、最後のつもりでもう一年頑張ります、という事です。

その頑張りの一環として、今年は全ての畝にマルチシートを張っています。f:id:goumonkobura:20220527083425j:image
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f:id:goumonkobura:20220527083458j:image人力でのマルチ張りは、穴掘りも同然。
僕の大嫌いな作業の一つです。

マルチをすると、サイコの根張りが良くなるなんて話も聞きます。

それより何より、除草に割く時間を少しでも削れたらと思い、心が折れそうになりながらもやり遂げました。

ちなみに、マルチを張るには土が沢山必要になるので、その分5アールの畑では畝の数を減らしました。

だから、合計7アールにしたと言っても、昨年度と収穫量は大きく変わらないかもしれません。

が、しかし。
種蒔きから2ヵ月後の状態がコレです。
f:id:goumonkobura:20220527083539j:imageマルチに空いた穴から、雑草が所狭しと「こんにちは」しています(*_*)

ここは2アールの方ですが、1年位使われていなかった畑なので、雑草の勢力が強いのだと推察します。

それらを一通り除去するのに、30時間以上は費やしました(~_~;)
でも、草を取ったそばから次が生えて来るので、もう1~2周しなけりゃいけないのでは?と思ってます。

マルチが時間削減になるのか、甚だ疑問です…( ´~`)

第170話.タクシーのお手入れ

先月半ばのお話。
志々島合同会社改め、志々島ダイナミックスが所有する海上タクシーのメンテナンスを行うと聞き、同行させて貰う事にしました。

何を隠そう(?)4年以上志々島で暮らして来て、タクシーにせよ漁船にせよ、船のメンテナンス作業に携わるのはこれが初めて。

一度だけ前自治会長さんから、漁船のペンキの塗り直しに誘われた事は有りましたが、約束の時間になっても現れず(*_*)

完全に忘れられてすっぽかされるという目に遭ったのを最後に、そうした機会には恵まれませんでした。

…という過去の恨み事はさておき、本題に戻ります(笑)

場所は「瀬戸マリーナ」という施設で、津島神社が目の前に見える立地です。f:id:goumonkobura:20220516140602j:imagef:id:goumonkobura:20220516140612j:image
そこにタクシーを陸揚げして、作業を行います。
志々島にも干潮時だけ船を海から揚げられる場所は有りますが、大型の船だとちょっと厳しいです。
f:id:goumonkobura:20220516140834j:imageさて、一口に船のメンテと言っても、内側の物と外側の物とに分けられます。

内側のメンテとは、エンジン回りや電気系統に関わる事を指すと思いますが、今回同行したのもその辺りの勉強になるかな?と期待しての事でした。

ところがぎっちょん。

何の知識も技術も持たない僕が、そんなコアな部分の手伝いをさせて貰えるはずもなく、外側のペンキ塗りの命を受けました(^^;

その点は残念でしたが、ペンキ塗りも大事なお役目です。

先ずは、船底に張り付いたフジツボをこそぎ落とします。
しかしまだ春先だったので、大した数ではありませんでした。
f:id:goumonkobura:20220516140903j:imageこれが夏場になるとフジツボの成長も著しく、船が重たくなるんだとか(*_*)

それが済んだらペンキ塗りです。
ペンキを塗るのは、見た目を美しくする為…という理由もゼロではないかもしれませんが、主目的はサビ止めてす。

だから塗り残しの無い様、徹底的に塗る必要が有ります。

ローラーにペンキを付けて、コロコロと言うよりゴシゴシと満身の力を込めて塗ります。

写真の状態だと、まだ白い粒々が見えると思います。
f:id:goumonkobura:20220516140924j:imageこれは、凹凸の有るせいで塗り残しが出来てしまったからです。
それらもちゃんと後で塗り潰しました。

見慣れたタクシーのはずなのに、船底のペンキを塗る立場になってみると、凄~く大きく広く感じました(苦笑)

ちなみに、プロペラや舵などの重要なパーツは、サビ止めに加えて、異物が付着しにくい効果を持つ少しお高いペンキを塗るそうです(黄色い部分)。
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3日間の内、都合により2日間のみのお手伝いとなってしまいましたが、最低限ペンキ塗りのお役目は果たす事が出来たと思います。

島で船を持つ人は、こんな風に何でも自分で出来ないといけません。

…なんて、まだ操縦さえも覚束無い状態の僕が言うのもどうかと思いますが(笑)

第169話.ウバユリの危機~後編~

試験的にフェンスを設置した後、計算して購入して来た資材は、フェンス70枚・鉄杭280本・結束線6セット(600本?)でした。f:id:goumonkobura:20220507163438j:image軽トラでも全て載せると重量オーバーになる程の量で、ホームセンターと港を2往復し、船に積み替えて志々島まで運びました。

買い物だけでも一仕事ですが、本番はこれから。

大楠への道のりは先ず、標高約80mの高台まで登ります。
そこからは一転、下り坂です。

この志々島最難関ルートを通って、全ての資材を運び切る必要が有ります。

本来、重たい物は島の運び屋・キャタピラ車で運びたい所ですが、フェンスはサイズ的にも形状的にも載せるのが難しくて断念しました( ´~`)f:id:goumonkobura:20220507163920j:image※写真は参考です

平地であれば、(重いけど)フェンスも5枚までなら運べましたが、登り坂となると話は別です。

「どん坂」と呼ばれるこの坂は、志々島で最もキツイ坂。

f:id:goumonkobura:20220507164021j:image休まず登ったら、手ぶらでも息が上がるポイントです。

そもそも、ここに来るまでもずっと坂道です。
フェンスは3枚に減らして運ぶのが、身の為でした(苦笑)

鉄の杭は、10本までならスイスイ運べましたが、恐らく1本1kg以上は有るのでしょう。
15本を超えると、途端に重く感じました。

肩に乗せて運ぶとバランスは取り易いものの、それを続ける内に肩が腫れて来て、次の日まで影響が出ました(苦笑)

この日は人数が揃っていたので、途中からバケツリレー的に運びましたが、所詮はオジサン・オバサン・おじいさんによる混成チームです。

1ターンで息も絶え絶え。
ただでさえ重たい物が、疲労で力が入らなくなると、ますます重く感じました(~_~;)

運動で吐き気を催したのは、高校の柔道の授業以来だったかもしれません(苦笑)

ともあれ、運んでしまえばこっちの物。
半日で、全体の半分の設置が完了。

最後の最後で資材が足りなくなり、フェンスを20枚買い足す結果となりましたが、実作業は1.5日程で終える事が出来ました。f:id:goumonkobura:20220507164500j:imagef:id:goumonkobura:20220507164522j:image
現時点では、イノシシに侵入された様子は有りません。

対応の遅れで、今年のウバユリは期待出来ないかもしれないですが、徐々に昔の姿を取り戻せたら良いなと思います。

第168話.ウバユリの危機~前編~

毎年7月になると、大楠周辺に自生するウバユリが花を咲かせます。

それを目当てにやって来る人も居たり、地元・三豊市のカレンダーのページを飾ったりと、志々島の夏の風物詩になっていると言って良いかもしれません。f:id:goumonkobura:20220426121753j:image(C)三豊市観光交流局

そのウバユリが危機に瀕していました。
原因は…やっぱりイノシシです。

ウバユリの根っこ自体を狙って来る場合も有ると思いますが、それ以外の植物なのか地中の生物なのかを物色する事で、何処もかしこもボコボコに掘り返される始末です(*_*)f:id:goumonkobura:20220426121833j:image
僕の安物スマホで撮った写真では、伝わらないでしょうね(苦笑)

このままではウバユリが全滅するかもしれない。
加えて、地面に横たわった大楠の枝の下土(したつち)も削られているとの報告が有り、どういった対策を講じるべきか?の話し合いが行われました。

f:id:goumonkobura:20220426140238j:image

考え方は人それぞれで、「自然に咲くウバユリなんだから、自然の力(イノシシ)で淘汰されるならばそれに任すべきでは?」という意見も有りました。

が、大楠とウバユリの2ショットを楽しみに来てくれる方々も居る事を考えて、イノシシ避けのフェンスを設置しようと決まりました。

肝心要は大楠への被害ですが、実際に現場へ行ってみると、根っこ等に害を及ぼすレベルではない事が分かりました。

なので今回は、ウバユリの自生エリアのみをフェンスで囲む事にしました。

大楠保護の観点からすれば、大楠も引っくるめて囲った方が無難かもしれません。

対人間においても、「根っこを踏まれる心配が無くなって一石二鳥だ」と考える人は居ました。

しかし、これまた意見の分かれる所ですが、観光で訪れた人達が出来る限り近くで見れる様にしたい・触れられる様にしたいというのが僕のスタンスです。

だから、事情が許す限りは現状維持で行ける様、抵抗します(笑)

とにもかくにも、フェンスの設置作業を進める事になりました。

工法は至ってシンプル。
杭を打ち、結束線という針金の様な物でフェンスを括り付けるだけです。

先ずはお試しで、フェンスを10枚設置して感覚を掴んでみましたが、人数も居たのであっと言う間でした。

f:id:goumonkobura:20220426140317j:image

が、本番はここから。

ウバユリの自生エリアの外周は約170m程です。
フェンス1枚は2m幅なので、ざっと見積もっても85枚。
それを支える鉄の支柱は、300本以上必要でした。

これらを運ぶのは…人力です(~_~;)

つづく

第167話.4年目を振り返る~後編~

4年目の締め括りとなる3月、島民総会が開かれました。

総会では、各部門の会計報告や議題についての話し合いが行われます。

必要に応じて臨時総会を開く事も可能ですが、基本的には年に一度の一大イベント?です。

今回の総会では、自治会長さんの任期満了に伴い、次期会長の選任が行われました。

事の経緯を簡単に説明しますと、(記憶が確かなら)一昨年、諸事情により自治会が法人化されました。
その為の条件の1つに、「規約を定めていること」というのが有りました。

裏を返せば、これまで志々島自治会は規約を持っていなかった訳ですが、田舎の小さな離島でそんな畏まった物は必要無かったのだと思われます。

規約を作ると言っても、基本的にはフォーマットを拝借しただけ。
その中で、自治会長の任期は2年と定められていました。

このブログにも度々登場して来た自治会長さんは、かれこれ15年以上の長きに渡り、同職を務めて来られました。

そんな背景も有り、規約に従って一旦会長職を退こうと決められた訳です。

島出身で会長に相応しい方々は居ました。
が、年齢と体力の衰えを理由に、推薦されても断ると事前に聞かされていたので、さてどうしたものかと( ´~`)

残る選択肢は、前会長さんの再任か?
或いは、移住組の中から選ぶか?のいずれかしか無かった訳ですが…。

消去法に消去法を重ねた結果、新参者の僕が自治会長に選ばれました。

「神輿は担がれる為に有る」とは、正にこの事(*_*)

この先も志々島で暮らしていけるのか分からない僕の立ち位置は、まだ宙ぶらりんです。

なので正直、このタイミングで自治会長に就任するのは抵抗が有りました。

ただ、少なくとも任期となる2年間は島を出ないだろうと思っているので、お引き受けする事にしました。

ホントの本音を言うと、何処かの「たま駅長」よろしく、飼いヤギの菜々緒自治会長にして島のPRに一役買って貰い、僕はその補佐役として暗躍するという手もアリかな?なんて考えたりもしました。

が、自治会とは名ばかり。
結局は県や市の下部組織に過ぎず、想像以上にガチガチで、そんな「お戯れ」が入り込む余地は有りませんでした(苦笑)

何はともあれ、無職に等しい僕に久し振りの肩書きが出来ました。

誰に会っても口頭で挨拶するしかなかったので、この機会に名刺を作りました。

個人情報うんぬんで全面モザイクにしたい所ですが、それだと何が何だか分からないし、多い日でもせいぜい100~200PVのブログだし、その大半は知り合いだろうし…と割り切って、この際名前を晒します。f:id:goumonkobura:20220417122610j:image

ヤギのイラストは、前・自治会長の娘さんが得意なので、お願いして描いて貰いました。

せっかくなのでそれを最大限に生かそうと、ど真ん中に配置しました(  ̄▽ ̄)

印刷はラクスルに頼みましたが、最低100枚からの受注。
それはそれで仕方の無い事ですが、2年間ではきっと余るでしょうね。

なので、知り合いを中心に無駄に配りまくりたいと思います(笑)